香港−「逃亡犯条例」の審議を延期する決定を下したのは中央の政治的に正解である

            

香港で、大陸側に被疑者を引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例(The Fugitive Offenders Ordinance, Cap. 503)」【1】及び「刑事事宜相互法律協助条例(the Mutual Legal Assistance in Criminal Matters Ordinance, Cap. 525)」【2】の改正案(“Fugitive Offenders and Mutual Legal Assistance in Criminal Matters Legislation (Amendment) Bill 2019”【3】)を巡り、国会に相当する立法会(Legislative Council)における審議の延期が本日正式決定されました。

その動力となったのが民主派発表によると、103万人(警察発表は24万人)に達した6月10日のデモであり、これに続いて明日16日や17日にも予定されていた大規模デモです。

 

直近では2014年の雨傘革命の際のデモ(2014年7月1日の民主派発表51.1万人、警察発表9.86万人)があり、遡れば次に掲げる「香港基本法」第23条【4】が制定を予定する「国家安全条例」の制定阻止を目的とする2003年のデモ(50万人規模)がありましたが、今回のデモは規模的に香港の中国返還(1997年7月1日)後、最大規模であったことは間違いがありません。

 

香港が節目でこのような大規模デモを展開する最大の理由は、「香港基本法」が、々埓長官が親中派からしか選出され得ない選挙システム(真の普通選挙の欠如。2014年の雨傘革命の主要テーマ)及び行政長官が立法議案の圧倒的多数を立法会に提示する権限を掌握し、議員立法の難度が極めて高いシステム(真に民意を反映する立法がなされにくい立法構造)を規定することを背景として(=随時、北京の意向を受けた立法議案が行政長官のみから提出される)、N法会の多数派を親中派議員が占め、多数決論理によれば民主派議員が特定立法を阻止することはできないという真の民主主義が機能不全に陥った状況にあることによります。

 

「香港基本法」が規定する通常の法律システムは健全に機能しないのだから、真の民意を表明するためには大規模デモしかない、というわけですね。

 

でも、直近の雨傘革命が学生を中心とする活動であったのに、今回の「逃亡犯条例」への反対デモがその倍以上の規模(Permanent IDを持つ私を含む香港市民数750万人の実に7分の1)に達したことを見ると、今回、真の民意を表明したいと考えた人々の構造は、雨傘革命のように学生など若者限定ではなく、普通のビジネスマンなど老若男女を問わない、多種多様な人々を含んでいると考えられます。

 

まあ、確かに、実際の運用がどうなるのかはわかりませんが、「逃亡犯条例」を先駆けとし、「国家安全条例」が後追いすることで、反中的言動を行った香港市民が国家の転覆を狙ったかどで大陸に連行され、大陸における政治犯のように、刑事裁判プロセスに共産党の統制が及び、控訴が意味をなさない「最初から結論ありき」の処分を受けることの恐怖に対して、香港市民が過度のアレルギーを示したことは理解ができます(私のように23年間も上海にいると、大陸でやってよい言動と絶対にやってはいけない言動の区別がつき、それを守っている限り、中国は常に友好的であることがわかっている人間であれば、恐怖は一切ありませんが)。

 

北京も、このように雨傘革命とはデモ構成構造も規模も異なる今回のデモを軽視することは到底できなかったのでしょう。

 

タイミング的にも、本日(6月15日)はこれ以上遅延する場合よりも良い選択であったと思われます。

 

無理やりに「逃亡犯条例」の改正を強行採択しようとする場合、同規模デモが何度も繰り返されて、雨傘革命時以上に経済や市民生活が混乱する懸念があることに加えて、今であれば、「一国二制度」のもとで香港では予定される西欧型民主主義に応じて、中国国内の問題として収束させたという格好をつけることができますが、アメリカが香港の特別扱いをやめ、「逃亡犯条例」の改正を強行採決した場合、香港を中国の一部とみなして、報復関税を全面的に適用するとの宣言を受けた後、撤回することになるならば、外圧に屈した形を端的にとることになり、習近平共産党総書記が中央権力闘争プロセスにおいて攻撃を一層受けやすいリスクが生じるからです。

 

もちろん、大規模デモに屈する形を残すことも、中共中央からすると本来は良くないことではあります。

 

2003年の「国家安全条例」は大規模デモに屈し、2014年の雨傘革命では大規模デモをはね退け、1勝1敗であったのに、2019年の「逃亡犯条例」で大規模デモに屈することになると、北京から見て1勝2敗の負け越しとなるばかりか、香港市民が100万人規模で団結すれば、北京の思惑を常に排除することができるのだという自信を植え付けることになり、今後も同種の集団示威行動が繰り返されることになるわけですから。

 

しかし、繰り返しになりますが、アメリカがいよいよ香港の特別扱いを一切廃止し、中国の完全なる一部であるとの宣言を行う見込みを示した段階で、撤退を決定すると、アヘン戦争を契機とする南京条約(1842年)以来、多数の不平等条約を受諾し続けたことが、中華民族が160年以上(=中国の個人GDPが3000米ドルを超えた2008年の北京オリンピック開催基準)にわたって苦難の歴史を歩んだ最大の要因であって、これだけは決して繰り返してはいけないという中華民族のDNAレベルに刻まれた教訓を破るに等しく、こちらのほうが習近平中国共産党総書記の中央権力闘争プロセスにおける政治的ダメージが相対的に大きくなるように思われるからです(そもそも香港で西欧型民主主義を内実とする「一国二制度」を採用する決定をしたのは小平であり、習近平ではありませんからね)。

 

習近平が国家主席として参加するG20で、他の参加国首脳からこの問題で批判を受けるのを回避するという体面維持問題も本日の決定には作用したでしょうけれども、より本質的な問題は「国内問題として処理したか」vs「外圧に屈したか」にあった以上、前者を選択したことは英断であったと考えます。

 

換言すると、「うんこ味のカレーか、カレー味のうんこか」という究極選択肢を迫られた場面であるわけですが、事後の健康維持を考えれば、後者でなく、前者がベターであり、アメリカが過剰介入してきていない現時点で、勇気を持ってその選択を行ったことは正解であった、と考える次第です。

 

今回、林鄭月娥行政長官に対して改正審議延長に同意したのは韓正国務院筆頭副総理ですが、私が上海市人民政府から白玉蘭栄誉賞の授与を受けた際、記念の品を交付してくれたのは上海市長時代の彼であり、2ショット写真もあることから、彼には個人的に親しみがありますが、色々な選択肢を考えながら、悩みぬいたうえでこのタイミングでくだした彼の判断は苦悩の決断ではあっても、中央の政治的観点からも、他の選択肢との比較検証では英断と評価すべきです。

 

「香港基本法」による「一国二制度」が継続する2047年6月30日までの間、「マカオ基本法」により同制度が存在する旧ポルトガル領であるマカオと全く異なり(こちらは1ミリも政治問題が起きません)、西欧型民主主義の母国であるイギリスの甚大な影響を受けた香港は、今後も中共中央が中国国内で「西欧型民主主義とは何か?」を継続学習する試練の場となるということができそうです。

 

【1】https://www.elegislation.gov.hk/hk/cap503!en-zh-Hant-HK
【2】https://www.elegislation.gov.hk/hk/cap525!en-zh-Hant-HK?INDEX_CS=N
【3】Fugitive Offenders and Mutual Legal Assistance in Criminal Matters Legislation (Amendment) Bill 2019
【4】“The Hong Kong Special Administrative Region shall enact laws on its own to prohibit any act of treason, secession, sedition, subversion against the Central People’s Government, or theft of state secrets, to prohibit foreign political organizations or bodies from conducting political activities in the Region, and to prohibit political organizations or bodies of the Region from establishing ties with foreign political organizations or bodies.”

 

 

税理士の仕事として鎌倉税務署に赴く機会があり、道中、スターバックスを見つけた。私には写真の腕がないので(そもそも小学校の美術の成績は5段階評価で2である)、このスターバックスの鎌倉の街になじんだ佇まいを上手に表現することができないのだが、何とも味わい深い。江崎グリコがご当地ポッキーを発売して、一村一品運動を支援するが、地域興しの一環として、大企業はご当地ならではの企画を立て、集客に寄与することはCSRとして積極的に検討されてよいのではないかと思う。

 

以上


■筆者: 村尾龍雄■-----------------------------------------------------------------
弁護士法人キャスト 代表弁護士・税理士
香港ソリシター(LI&PARTNERS(香港)所属)
キャストコンサルティング株式会社 代表取締役
加施徳咨詢(上海)有限公司 監事
加施徳投資香港有限公司 董事
キャストグループ   キャスト中国ビジネス
■東京/大阪/埼玉/上海/北京/蘇州/広州/香港/ヤンゴン/ホーチミン■----------------



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