反スパイ法って何だ!?

            
最近2人の日本人が「反スパイ法」で身柄を拘束されたことが話題になっています。

1人は愛知県在住の50代前半の男性で、親戚縁者や友人の集団投資により財を成す才能に長けた人々を擁することで有名な浙江省温州市沖の南麂岛で身柄拘束されたといいます(朝日新聞デジタルの報道はこちら )。

南麂岛(その美しい島々の写真はこちら )は別名「海山」ともいい、古代には「南己山」とも記載された記録が残るそうで、浙江省平陽県鰲江口から30海里(1.852km×30=55.56km)の東海の海面上に位置し、市街地からは50海里(1.852km×50=92.6km)の距離がある旅行客で賑わう島嶼であり、南麂列島を形成する52の島嶼のうち最大の島でもあり(周囲には海面上に出た島のほか、多数の暗礁も存在するとか)、最高点は海抜229.1メートル、島民は2000人前後であるとされますが(こちら )、何よりも尖閣諸島から僅か300kmしか離れておらず、(尖閣諸島有事に備える意味合いもあり?)急速な軍需拠点化を進めている地域としても知られています。
そんなところに日本人が1人で出掛けて行って、軍事拠点化を進める地域をパシャパシャ写真撮影していたら、確かに浙江省国家安全局の目線からすれば、「こんなにあからさまに怪しい日本人はおらんやろ!」ということになってしまうのかもしれません・・・。

もう1人は神奈川県在住の50代半ばの男性で、日本で在日朝鮮人の父親と日本人の母親の間に生まれましたが、国籍は北朝鮮で、1960年代に在日朝鮮人らの帰還事業で家族と共に北朝鮮に渡ったものの、90年代後半に脱北し、2001年に日本入国後、日本国籍を取得したといいます(朝日新聞デジタルの報道はこちら )。

その彼が中朝国境付近の遼寧省丹東市で身柄拘束されたというのですから、遼寧省国家安全局の目線からすると、属性に鑑みて他の脱北者の助力をするつもりであったのか(それならば出入国管理法違反にすぎません)、中朝関係情報を探索するつもりであるか(これであれば反スパイ法違反になり得ます)の2つに1つであり、いずれにせよ中国の法律法規に違反するのだから、まずはしょっ引いて話を聞こう、という展開になるのもわからないではありません。

「民間人」とされる彼らがどのような組織に属しているのかは全く不明ですが、当局目線からすれば外形的に怪しすぎる様相を呈していたことは明らかであり、普通のビジネスマンが上海市とか北京市など普通の街で普通にビジネスを行っているときに身柄拘束されたのではない、という点をまず事実として押さえる必要があります。

そのうえで「反スパイ法」って何だということになるわけですが、同法は旧国家安全法を廃止し(この法律は2003年に北京が香港にも導入しようとしたところ、去年の普通選挙を巡るデモ並みの大反対が巻き起こり、頓挫したことでも有名な法律です)、新たに反スパイ法の名のもとに全国人民代表大会常務委員会が2014年11月1日公布・同日施行した法律(主席令第16号)で、全40条の法律です(キャストによる全文翻訳はこちら )(公布日と施行日が一致することも多かった1990年代とは異なり、2000年以降は中国の法律法規は公布後に一定の周知期間を置いて施行するというパターンが定着した感があるものの、反スパイ活動には穴を作れないということで、このような例外的な対応になったものと推測されます)。

この法律が制定された背景として、旧国家安全法が反スパイ活動の取り締まりのみに特化していたところ、国家安全の概念と対応の必要性の拡張に伴い、それだけでは国家安全の確保に不足することが確実となったため、全面的な国家安全対策については新・国家安全法(全国人民代表大会常務委員会2015年7月1日公布・施行。主席令第29号)に委ねるものとし(総論的位置付け)、そのうち反スパイ活動に特化する法律(各論的位置付け)として反スパイ法を委ねるに至った、という事情があります。

ではこの反スパイ法はいかなる活動をスパイ活動と見ているのかというお話ですが、関係条文を抜粋すると、次のとおりです。

「反スパイ法」
第38条 この法律において「スパイ行為」とは、次に掲げる行為をいう。
(1) スパイ組織及びその代理人が実施し、若しくは他人を教唆し、若しくはこれに資金を援助して実施させ、又は境内外の機構、組織若しくは個人と当該スパイ組織及びその代理人とが互いに結託して実施する、中華人民共和国の国の安全に危害を及ぼす活動
(2) スパイ組織に参加し、又はスパイ組織及びその代理人の任務を受け入れる行為
(3) スパイ組織及びその代理人以外のその他の境外機構、組織若しくは個人が実施し、若しくは他人を教唆し、若しくはこれに資金を援助して実施させ、又は境内機構、組織若しくは個人と当該境外機構、組織若しくは個人とが互いに結託して実施する、国家秘密若しくは情報を窃取し、探り出し、買い取り、若しくは不法に提供し、又は国家業務人員を策動し、誘引し、若しくは買収して裏切らせる活動
(4) 敵のため攻撃目標を指示する行為
(5) その他のスパイ活動をする行為

第27条第1項 境外機構、組織若しくは個人がスパイ行為を実施し、若しくは他人を教唆し、若しくはこれに資金を援助して実施させた場合、又は境内機構、組織若しくは個人と境外機構、組織若しくは個人とが互いに結託してスパイ行為を実施し、犯罪を構成する場合には、法により刑事責任を追及する。


以上からすると、スパイ行為に該当するためには原則としてスパイ組織の存在が必要ですから、浙江省国家安全局及び遼寧省国家安全局(並びに両省の公安局による合同)の捜査の重要な対象の1つに2人の日本人が所属する「スパイ組織」がどこであるのかの解明が含まれることは明らかです(菅官房長官が9月30日に日本政府によるスパイ活動の可能性について「わが国はそういうことは絶対にしていない」と答えたのは−こちら −「スパイ組織」は日本政府又はその関係機関ではないと主張する点で法的意義を有するものです。

では、反スパイ法違反の行為について、いかなる刑事責任が科される可能性があるのかが問題となりますが、これについて刑法第6章「国家安全危害罪」の次の条文が関係します。

「刑法」
第102条外国と通謀し、中華人民共和国の主権、領土の完全性及び安全に危害を及ぼす者は、無期懲役又は10年以上の有期懲役に処する。
第2項 境外の機構、組織又は個人と通謀し、前項の罪を犯した者は、前項の規定により処罰する。

第110条次の各号に掲げるスパイ行為の1つをし、国の安全に危害を及ぼした者は、10年以上の有期懲役又は無期懲役に処する。情状が比較的軽い場合には、3年以上10年以下の有期懲役に処する。
(1) スパイ組織に参加し、又はスパイ組織及びその代理人の任務を受け入れる行為
(2) 敵のため襲撃目標を指示する行為

第111条境外の機構、組織又は人員のため、国家秘密又は情報を窃取し、探り出し、買収し、又は不法に提供した者は、5年以上10年以下の有期懲役に処する。情状が特別に重大である場合には、10年以上の有期懲役又は無期懲役に処する。情状が比較的軽い場合には、5年以下の有期懲役、拘役、管制又は政治的権利の剥奪に処する。

第113条この章の上記国家安全危害罪については、第103条第2項、第105条、第107条及び第109条を除き、国及び人民に対する危害が特別に重大であり、又は情状が特別に悪辣である場合には、死刑に処することができる。


以上より、反スパイ活動では最悪の場合、死刑まで科される法的リスクがあることが明確になります。

ところで、日本人2人は刑事訴訟法に基づき既に逮捕がなされていることは9月30日午後の中国外務省 洪磊報道官の「中国の関係機関は法に基づき、中国でスパイ活動に従事した日本国籍の2人を逮捕しました。既に日本側に通告しています」という公式発言で明らかです(確かに中国語で聞いても「逮捕」という言葉を明確に使用しています。こちら )。

中国では刑事拘留が先行し(刑事訴訟法第80条)、長期間に及ぶ刑事拘留の後に漸く逮捕の必要性が認められて逮捕(同法第79条)となるという場合も多々ありますから、早い段階での逮捕に驚きましたが、(10月4日加筆:ブログ執筆後にネット記事検索していたら、5月から刑事拘留されているとのお話ですから、逮捕まで4ヶ月程度経過している可能性があり、それであればもっと長期の場合も多いものの、特別に早い段階でもないかもしれません。こちら )、その理由として1つには逮捕承認申請に対して判断をする逮捕によらなければ日本側から人権侵害であるという批判を招来しかねないことがあり、他の1つには逮捕を可能にする法律要件を満たすだけの証拠が早期に収集できたという2つが推測されます。

もっとも、中国での逮捕承認権限は人民法院(裁判所)のみならず、人民検察院にもあるので(刑事訴訟法第78条)、今回の逮捕が人民法院による事前統制によるものとは限らない点に注意を要します。

「刑事訴訟法」
第78条 被疑者又は被告人の逮捕は、必ず人民検察院の承認又は人民法院の決定を経て、公安機関がこれを執行しなければならない。

第79条 犯罪事実のあることを証明する証拠があり、懲役以上の刑罰に処する可能性のある被疑者又は被告人に対し、保釈を講ずると次に掲げる社会的危険性の発生を防止するのに十分でない場合には、逮捕しなければならない。
(1)新たな犯罪を実施するおそれがあるとき。
(2)国の安全、公共の安全又は社会秩序に現実の危険を及ぼしているとき。
(3)証拠を毀滅し、若しくは偽造し、又は証人が証言をするのに干渉し、若しくは通謀して供述するおそれがあるとき。
(4)被害者、告発人又は告訴人に対し打撃報復を実施するおそれがあるとき。
(5)自殺又は逃走を企てるとき。
第2項 犯罪事実のあることを証明する証拠があり、10年の有期懲役以上の刑罰に処する可能性のある場合又は犯罪事実のあることを証明する証拠があり、懲役以上の刑罰に処する可能性があり、過去に故意犯罪があり、若しくは身元が明らかでない場合には、逮捕しなければならない。

第80条 公安機関は、現行犯又は重大な嫌疑者について、次に掲げる事由の1つに該当する場合には、拘留を先行させることができる。
(1) 現に犯罪を準備し、犯罪を実行しつつあり、又は犯行後直ちに発覚した者
(2) 被害者又は現場での目撃者がその犯行を認定した者
(3) 身辺又は住居で罪証が発見された者
(4) 犯行後に自殺若しくは逃亡を企て、又は逃亡中の者
(5) 証拠を毀滅し、若しくは偽造し、又は通謀して供述するおそれのある者
(6) 真実の氏名又は住所を述べず、身元が明らかでない者
(7) 逃亡しつつ事件をおこし、多回にわたり事件をおこし、又は徒党を組んで事件をおこしたことにつき重大な嫌疑のある者

第85条 公安機関は、被疑者の逮捕を要求する際に、逮捕承認請求書を作成し、事件記録資料及び証拠とともに同級の人民検察院に提出して審査承認を受けなければならない。必要なときは、人民検察院は、人を派遣して重大事件に対する公安機関の討議に参加させることができる。

第87条 人民検察院での被疑者逮捕の審査承認は、検察長が決定する。重大事件は、検察委員会に提出して討議し、決定しなければならない。


もしも早期の逮捕が日本(そして先進諸国)からの人権侵害の批判に配慮したものであるとの仮説が成り立つのであれば、次のとおり逮捕後の勾留は長期に亘る理論的な可能性はあるものの(そしてその承認権限は人民法院ではなく、人民検察院に委ねられているように読めるものの)、比較的早期に捜査が終結し、起訴されるなど何らかの動きがあることが期待されます。

「刑事訴訟法」
第93条 被疑者又は被告人が逮捕された後に、人民検察院は、なお勾留の必要性について審査をしなければならない。勾留を継続する必要がない場合については、釈放又は強制措置の変更を建議しなければならない。関係機関は、10日以内に処理状況を人民検察院に通知しなければならない。

第154条 被疑者に対する逮捕後の捜査のための勾留期間は、2か月を超えてはならない。事案が複雑で、期間が満了しても終結することのできない事件については、1級上の人民検察院の承認を経て1か月延長することができる。

第156条 次に掲げる事件について、第154条所定の期間が満了したのに捜査を終結することのできない場合には、省、自治区又は直轄市の人民検察院の承認又は決定を経て、2か月延長することができる。
(1) 交通がきわめて不便な辺境地区の重大かつ複雑な事件
(2) 重大な犯罪集団事件
(3) 逃亡しつつ事件をおこした重大かつ複雑な事件
(4) 犯罪がかかわる面が広く、証拠の採取が困難である重大かつ複雑な事件

第157条 被疑者が10年の有期懲役以上の刑罰に処せられる可能性があり、前条の規定により延長された期間が満了し、なお捜査を終結することのできない場合には、省、自治区又は直轄市の人民検察院の承認又は決定を経て、更に2か月延長することができる。

第158条第1項 捜査期間において、被疑者に別に重要な犯罪行為のあることを発見した場合には、発見の日から第154条の規定により新たに捜査のための勾留期間を計算する。




宿泊する帝国ホテル1階の「パークサイドダイナー」で長らく注文数No.1を誇る野菜カレー。女性に圧倒的人気を誇るようだ

(了)

■筆者: 村尾龍雄■-----------------------------------------------------------------
弁護士法人キャスト 代表弁護士・税理士
村尾龍雄律師事務所(香港)登録外国弁護士
キャストコンサルティング株式会社 代表取締役
加施徳咨詢(上海)有限公司 監事
加施徳投資香港有限公司 董事
キャストグループ  キャストコンサルティング  キャスト中国ビジネス
■東京/大阪/上海/北京/蘇州/広州/大連/香港/ヤンゴン/ホーチミン■----------------

 


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