弁護士にとっての営業とは何なのか?(その3)

            

4、クライアントの求めるクオリティとは何かを知る

 

営業が得意ではない弁護士は「クライアントの求めるクオリティ」と聞くと、徹底的な調査を重ねた緻密な意見を述べることばかりがクオリティの内容である、と誤解している傾向が顕著なように見えます。

 

しかし、決してそうではありません。それは「予算」と「対応時間」と共に広義のクオリティを形成する要素の1つにすぎないのです。


弁護士にとっての営業とは何なのか?(その2)

            

3、営業は必ずしも1人きりで行う必要はない

 

弁護士の中には勉強は得意だけれども、営業は得意ではないと思い込んでいる人の比率が相対的に高いような気がします。

 

こうした場合、「自分は営業に向かないから、独立はできない」という判断が生じます。

 

その結果、大手法律事務所は極めて優秀だけれども、「自分は営業に向かないから、独立はできない」と判断する人々の比率が相対的に高い事務所構造となっている可能性があると思います。

 


弁護士にとっての営業とは何なのか?(その1)

            

弁護士にとって自分を信用してくれるクライアントを持つことができるか否かは、その職業人生が幸せであるか否かを区別する非常に重要な要素です。

 

しかし、その肝心のクライアントを持つためにはどうすればよいのか−この根源的な営業に関する課題をどう克服すればよいのかに悩む弁護士は少なくありません。

 

それは他の専門家にとっても同様の課題でしょう。

 


映画「マルクス・エンゲルス」を見て

            

マルクス生誕200周年、岩波ホール創立50周年記念作品である「マルクス・エンゲルス」を先日岩波ホールに見に行きました。

 

1800年代の前半、労働者(プロレタリアート)の労働を通じて得られるべき正当な利益を搾取する資本家(ブルジョアジー)は産業革命の成熟期にあった当時、ヨーロッパを不定期に襲った恐慌への恐怖もあり、幼い子供や妊婦を過酷な労働環境化で長時間、最低賃金保障もないままに酷使し、労働過程で大けがをしても労災の適用もないという人権無視に等しい所業を継続していました。

 

そのような不合理に哲学と理論をもって弱い労働者が団結することを指導し、任意に搾取を改めることを決してすることのない資本家の人権侵害的所業に終止符を打つべく、生涯を賭して戦ったマルクスとこれを精神的だけではなく、金銭的にも支えたエンゲルスは本当に偉大な思想家であり、活動家であると心から尊敬します。

 


願望を実現する唯一の道

            

人生を53年間も生きていると、「将来はあれをやりたい」、「これをやりたい」と話をする数多くの人々に出会います。

 

しかし、実際に「あれ」や「これ」を実現できている人はとても少ないようです。

 

それはそうでしょう。

 

その言葉では、「将来」とは何時なのか、「あれ」や「これ」を実現するための手段と資金をどうするのか、一向に具体的な計画が見えないからです。


今後、日本の本当に良いところを知る中国人は増えると思う

            

中国では今、日本と日本人の良さを指摘するフェアな情報が確実に増えています。

 

中国でこの種の情報が増えているということは、中共中央及び中央政府がこの種の情報を削除することなく、その流通を許しているということであり、日本と日本人の良さを中国人民が認識してよいと判断していることを意味します。

 

その背景として、近視眼的観点から見ればアメリカとの貿易戦争を契機に米中関係が険悪化する懸念に鑑みて、バランサーとして日中関係の改善基調を堅持しようという政策的な意図があると解説されることになりますが、鳥瞰図的観点から見れば2013年以降継続する訪日中国人が実際に見て、触れた日本と日本人の良さを過去の歴史認識という伝統的価値観だけで否定しようとしても、客観性、公平性を欠くとして、中国人民の支持を得にくいという考えがあると解説されるかもしれません。

 


日本移住組の中国人は本当に負け組なのか?

            

6月3日付けのPRESIDENT Onlineで読んだ「中国人の大後悔『日本移住は失敗だった』」(*)は、なかなか面白い内容でした。

 

要するに1989年6月4日の天安門事件に失望した当時の知的エリートは、中国の非民主的な一党独裁体制に失望し、バブル経済最後の絶頂期にあった日本への憧憬から日本に移住したけれども、2001年12月11日の中国WTO加盟直前からの急速な経済発展、そして日本の経済力の漸減と未来の展望のなさの双方を目の当たりにして(実際、個人名目GDPは2000年から2018年までの18年間で10倍以上に)、「ああ、これだったら、中国に帰るのだった」と後悔している日本在住の中国人、そして日本に帰化した元中国人が多数いるというお話でした。

 


次の世界的金融危機から日本は脱出できるのだろうか・・・?

            

経営者は経営がどんなに良いときでも、嵐が来たときにどう生き残るのかを必死になって考えます。

 

私の場合も、組織の中で、自分で自分のクライアントを増やしていける「社内独立人材」を増やす努力をする一方で(順調に増えており、嬉しい限りです。)、財テクに興味があるわけではありませんが、結局、私の組織は今のところ私が守るしかないので、保守的手段で(たいしたレベルではありませんが)自らの資産を増やそうとしたり、私が死んだときに組織にそれなりに高額の保険が入り、混乱期を乗り越えられるようにしたり、何重にもリスク対応策を考えます。

 

所詮、中小企業グループでしかない私の組織でもそうなのですから、本来、国家レベルにもなれば、私如き努力とは隔絶した何重もの層からなる緻密なリスク対応策が施される必要があるに違いがありません。

 


改革開放40周年の歴史を法制度面から簡単に振り返る(その3−中国社会主義はどこへ向かうのか?)

            

小平の目指した「小康水平(生存権を保障する程度のギリギリよりはややゆとりのある生活水準)」は小平死去後の2000年に達成され、中共中央は2002年の第16期共産党大会(江沢民が共産党総書記を勇退する節目となった大会です)で2010年のGDP(実質GDP)を対2000年で2倍、2020年を4倍に引き上げるという「小康社会(ややゆとりのある社会)」の建設目標を掲げました。

 

既に中共中央は昨年秋の第19期共産党大会で2020年の「小康社会」の全面建設の確認をしていますから、経済的規模として2020年には達成可能に違いがありませんし、個人名目GDPも2018年に1万米ドルを超える予想もありますので、改革開放開始時に見られた多数の極端な貧困層は中国全土から姿を消すことでしょう。


改革開放40周年の歴史を法制度面から簡単に振り返る(その2−民営企業の発展)

            

改革開放は、その初期段階においては貧困に喘ぐ当時の中国を「小康水平(ややゆとりのある生活水準。現在の「小康社会」という2020年完成目標の前身となる目標で、2000年に達成)」という日本の憲法第25条の生存権保障が達成できる程度の謙虚な目標に導くための政策でした。

 

その手段として利用の対象となったのは外資であり、そのパートナー候補は当時の国営企業(1993年の82年憲法第二次改正で国有企業に名称と概念を変更しました。)ですから、現在、アリババやテンセントのように隆盛を誇る民営企業は最初に影も形もないどころか、公有制万歳の中国でそれを許すための憲法上の基盤もなかったのです。

 

それを許す憲法上の基盤が確立したのは1988年の82年憲法の第一次改正でした。改正直後に公布・施行された「私営企業暫定施行条例」という既に廃止された法令で、個人独資企業、パートナーシップ企業及び有限責任会社という3つの類型の民営企業が登場したのです。

 

続きを読む >>

| 1/53PAGES | >>

search this site.

selected entries

categories

archives

book

著書

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< July 2018 >>

blog ranking

profile

others

mobile

qrcode