狩猟民族型ビジネスと農耕民族型ビジネスの融合

            

私たちのビジネスは、もともと狩猟民族型ビジネス一辺倒でした。

 

すなわち、複雑怪奇な中国の法律、会計、税務の制度を学習し、日本人と中国人の専門家が協働する仕組みを作り、他と差別化できるワンストップ・サービスを作り上げて、規模こそ小さいブティック型組織ながら、一流の渉外弁護士事務所と遜色ないフィー体系で、クライアントにサービスを提供するという、そんなビジネスばかりだったのです。

 

このビジネスの特徴は、処理が難しい規模の大きな案件が舞い込むところで、それがあるうちは私たち専門家も多忙にするのですが、その案件が終わると、次にその案件の喪失を補填できるだけの案件(大きな案件だと、複数の中規模案件を確保しないと補填できなくなりますね)を探しに行かなければならない、という欠点があります。


切れない10本の斧より切れる1本の斧

            

私の出身の大江橋法律事務所では、6名の異なる師匠がおり、いずれも特徴が異なりましたから、それぞれに個性のあるアドバイスを頂戴することができ、それが間もなく24年目に入る私の法曹生活の基礎を形成しています。

 

その中で、隣に座らせていただき、集中しているところにしばしば話しかけて、大迷惑を掛け続けた(しかし、温厚で、絶対に不愉快な顔をしない)国谷史郎弁護士から頂戴した珠玉の言葉は「切れない10本の斧より切れる1本の斧を持て」です。

 

これはつまり、ある専門家は「私は独禁法ができます、知財もできます、ちなみに訴訟も強いです」と宣伝するけれども、実際はそのうちたったの1つも競争力がなく、百花繚乱ならばよいのですが、そうではなく、ただの器用貧乏というか、そういう専門家にだけはなるなという指導です。

 

この指導を常に意識してきた私にとって、たった1本の切れる斧は中国法(大陸法)です。


根本的に外交戦略を変える必要がある日中関係

            

皆さん、年明けから多忙続きで、これが今年最初のブログになります。遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い申し上げます。

 

さて、中国には、どの時代、どの瞬間を切り取っても、必ず多くの深刻な問題があります。

 

しかし、それは中国に固有の問題ではなく、日本を含むどの国家、どの地域も同じです。

 

その同じ深刻な問題を抱えながら、中国は2000年当時、現在ミャンマー、バングラデシュにさえ及ばない個人名目GDP水準を10倍以上にまで押し上げ、(中国のGDP統計の真実性を疑ってばかりで、中国を過小評価し、日本を誤導してきた一部の歪んだ隠れ親中派が何を言おうと、)日本を遥かに凌駕する経済力を活かして、世界での影響力を増しています。

 

特に経済力に迎合しがちなアフリカ諸国など経済基盤の脆弱な国家は、日本がどのようにあがこうと、次々に中国支配圏に組み入れられていくでしょう。

 


「ナミヤ雑貨店の奇蹟」の成功に見る日中友好の深化

            

東野圭吾さんの「ナミヤ雑貨店の奇蹟(中国語:解憂雑貨店)」の中国語版の小説が黒柳徹子さんの「窓際のトットちゃん」以来、1000万部を超えるかという勢いで販売を伸ばしています。

 

12月29日から映画も公開されましたから(*)、映画との相乗効果で、一層小説の売上げが期待されます。

 

そればかりか、中国の場合、既にこれが上海で演劇になっていたり(「君の名は。」を中国で日本と同時上映するのに成功した日本人の知人がけん引しています)、今後、ゲームにもなる場合、一層の売上げが期待できます。

 

本当は中国流では、ここで東野圭吾さんご本人が登場して、様々なメディアに取り上げられるように仕向けますと、さらに莫大なビジネスが生まれていくことでしょうけれども、中国で本人登場型アプローチを実施した2017年の事例としては、「君の名は。」の主題歌を歌ったRADWIMPSが上海市浦東新区の2010年万博跡地のメルセデスベンツアリーナでコンサートを開催したのが目を引く程度であり(これもまた前述の知人がけん引したものです)、9割の国民が今なお中国を好きではないと答える現状では、なかなかそれが本格化していきません。


中国における「試行」という考え方への理解

            

二階俊博自民党幹事長が28日に習近平中国共産党総書記に面談し、「世界の平和と繁栄に共に貢献する新しい時代の日中関係」を提唱したといいます。

 

この提案について習近平総書記は具体的言及を避けたといいますが、それはそうでしょう。

 

というのも、中国では何か新しいことを始める場合、小さな範囲で実験的に事柄をやってみる「試行」という考え方が徹底しており、「試行」段階で成功を収めて、それから本格的な実施段階に移行するという複数段階にわたるプランが常に採用されるからです。

 

日本の約26倍の広大な面積を擁する中国では、何事につけ新しい政策を一気に実施しようとすれば、高い確率で失敗してしまいます。


日中蜜月時代の到来

            

安倍総理が2013年以降に開始したアベノミクスは、旧民主党時代の極端な円高を是正し、相対的円安傾向を定着させ、人民元の対円での相対的価値上昇をもたらしました。

 

そこに中国のWTO加盟(2001年12月11日)から続く中国の個人GDP増加傾向の結果、人民が沿海部の富裕都市において日本へ個人旅行を試み、それ以外の都市群でも団体旅行を試みることができる程度の豊かさに達するという地合いの良さが重なり、2013年を契機に、中国人訪日旅行客の急増が続いています。

 

その結果、来年の今頃に40周年を迎える改革開放(1978年12月)以降、初めて日本人が中国に旅行したり、赴任したりするだけではなく、それを上回る数の中国人が日本の旅行したり、赴任したりする相互循環型経済が成立しました。

 


53歳の書生論

            

私も今年で53歳になってしまいました。

 

私が大変お世話になった大江橋法律事務所に30歳で入った1995年4月に、20歳ほど年齢が上の創業者である宮崎誠先生、石川正先生及び塚本宏明先生は50歳か51歳で、今の私よりも年齢が若かったのだなと思うと、気だけは若いものの、自身のおっさん振りに愕然とさせられます。

 

しかし、おそらく20年以上も昔の当時と、2017年の現在を比較しますと、世の中は激変し、しかも激変の速度を、年を追う毎に上げ続けている感があり、これに伴い、当時の50代と現在の50代では、根本的に立ち位置が変わっているのではないか、と思うのです。

 

具体的には、20年以上も昔であれば、若年の弁護士が50代の弁護士よりも稼ぐということはあり得なかったと思うのですが、2017年の現在は、債権回収にせよ交通事故にせよ、何らかのテーマに鋭く切り込んで組織化し、高い売上げと高い利益率を誇る若手の弁護士がけん引する事務所が登場しています。


「素晴らし過ぎる日本の医療保険」と「全国民参加型の真の民主主義」の実現

            

昨夜、香港で稼働していた時代に、広東語の家庭教師をしてくれていた先生と夕食を共にしました。

 

彼女は現在、なお週末などには香港人に中国語(普通語)を教える一方で(私のように、中国語で広東語を習う生徒も一部いますが)、保険の専門資格を取得し、お母様がつとめる世界的な保険会社に転職し、活躍しているとのことでした。

 

会話の中で、先生のお父様が9月に重病に侵されていることが判明し、四度にわたる化学療法を受ける必要があるところ、この種の高額治療に医療保険は一切利かないことから、毎回20万香港ドル(約280万円)、合計約80万香港ドル(約1120万円)もの費用負担を本来は強いられるはずであった、とのお話がありました。

 


没個性の時代から個性の時代へ

            

社会が安定していて変化に乏しい時代には、「出る杭は打たれる」ではありませんが、個性的で人と異なる言動をすることが和を乱し、集団的利益を損なうとして嫌われる傾向が強まります。

 

しかし、社会が不安定化し、変化に富む時代には、個性的で人と異なる言動をする「出る杭」こそが利益を独占し、時代の勝者となる可能性が高まります。

 

現在は20世紀に有効であった価値観がドンドン揺らぎ、分野の如何を問わず、目覚ましい速度の技術革新と相まって、世界的に見て、これほど社会が不安定化し、変化に富む時代は人類史上なかったのではないか、と思うほどの状態に突入しています。

 

したがって、日本も既に20世紀型の「没個性の時代」から21世紀型の「個性の時代」へと移り変わっているのであり、今後は個性のない個人、個性のない企業は個性のある個人、個性のない企業と比較して、没落傾向を深めることになるでしょう。


弁護士諸氏−お金を稼ぐことを重視しなければならない

            

「弁護士が「真面目に働く人ほど食えない」仕事になった理由」(*)というダイヤモンド・オンラインの文章がネットで掲載されていました。

 

要するに、依頼者のお話を熱心に聞き、丁寧な仕事をする社会正義の実現に奔走する年配の弁護士が食えなくなる逆説的悲劇が起こっており、それが「貧すれば鈍する」の結果を招来し、業務上横領のような事態の原因となっている、と述べているわけです。

 

筆者の秋山謙一郎さんはフリージャーナリストの方ですから、緻密な取材に基づいて執筆されたに違いがありませんので、1つの文章としては、敬意をもって拝読しました。

 

しかし、弁護士である私からすると、この論調は全くもって間違っていると断定せざるを得ません。

 

以下、2つの理由を述べます。

 

続きを読む >>

| 1/50PAGES | >>

search this site.

selected entries

categories

archives

book

著書

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728   
<< February 2018 >>

blog ranking

profile

others

mobile

qrcode